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三十八社神社

三十八社神社1三十八社神社2

御由緒・いわれ

 『三十八社』と名のつく神社は関西・四国地方を中心に十数社あるが、その御由緒、御祭神はそれぞればらばらであり、神社名も『三十八柱神社』『三十八神社』『三十八神社』など様々で、読み方も『さんじゅうはち』や『みそや』など、これもばらばらである。
 ただ、その発生源は1つであり、後述の理由で御由緒、御祭神がそれぞれの社で異なるようになったと思われる。

 各地の『三十八』と名のつく神社の起源は吉野の金峯山に求めることができる。鎌倉時代に書かれた『金峯山秘密伝』の巻上『三十八所本地垂迹ノ事』には、
『・・・行者神山ニ於テ日本国中ノ三十八所ノ大神ヲ勧請、悉地ヲ祈リ所願ヲ成シテ、八幡賀茂春日熊野等光ヲ並テ本誓ヲ同ス、共ニ護国ノ益ヲ於也。今即三十八神合シテ一所ニ崇ヌ。本地ハ即千手、垂迹ハ一身ヲ分ツ多身ト為ル・・・』
とあり、役行者(役小角)が八幡や賀茂、春日、熊野といった日本の名だたる神、三十八神を金峯山に勧請し、祀ったとされている。これが三十八神社のはじまりであると思われる。

 事実、『三十八』と名のつく神社は寺の敷地内に建てられていたり、寺と密接な関係を持つ神社の摂社・末社として建立されたものが多い。

 それゆえ、明治時代に入り神仏分離が徹底されていくと、神社単独での御由緒、御祭神の整備が必要となり、多くの神社で、仏教色の強い、役行者が勧請したとされる三十八神とは別の御祭神を掲げるようになったと考えられる。その系統も二つあり、『三十八』の『三』に着目して三柱を御祭神とするパターン、実際に三十八神を充てるパターンに大別される。
前者の例としては奈良の春日大社境内にある『三十八所神社』で、ここは神武天皇と伊邪那岐、伊邪那美の三柱が祀られている。後者の例としては当社や桜井市大福にある『三十八柱神社』で、宮中神(朝廷で祭られる神)三十六神と伊邪那岐、伊邪那美の三十八柱が祀られている。

~地元の方のお話より~


歳時記




情報
住所 御所市今住字堂垣内
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