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弥勒寺

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御由緒・いわれ

 御所市の南端国道24号線の風の森峠を南下した東佐味の郷に弥勒寺は建つ。
この風の森峠は南北朝の戦いの場であった。貞治4年(1356年)楠正行の軍を破った北朝の高師直軍が吉野山を攻撃し蔵王堂等をことごとく焼き今の五條市から御所市を経て平田庄から高田市へ抜けようとした時「宮方の群勢ナラビニ野伏ラ数千騎」が現れ高師直の大軍を迎え風の森・巨勢河原・水越峠の三ヶ所で戦ったという。

この時高師直軍は伏見寺・高天寺・山田寺等の大伽藍を焼いて京都へ帰ったことが当時の興福寺一乗院の記録に記されている。その戦いで焼かれた社寺の中に弥勒寺も含まれていたことが弥勒寺から発見された棟札よりわかるのである。

「奉上棟大和国葛上郡佐味郷弥勒寺建之所也 大工藤原宗次于時天正七巳卯二月廿二日 施主彦太郎 敬白」とあり裏面に「楠殿御建之堂今度 快賢敬白」とある。天正7年(1579年)に上棟した弥勒寺は棟札の裏面に当時の住職快賢がこの寺について「楠殿が御建ての堂といわれていた古い堂を今度新しくしました」と記しているのであるがおそらく高師直軍によって焼かれた寺院を復興したのであろう。

現代改修前の本堂が天正7年(1579年)再建の堂宇でないこともわかっている。もう一本の棟札に「文化五年(1808年)十二月十七日付で堂宇大破に付修繕方願出・・・」から創建以来何回か建て替えられてきたのであるがその再建の一つに「楠殿」がかかわったのは興味深い史実といえよう。本堂改築前の旧堂は正面客殿風の建物の西半分を佛殿とする南面の重層妻造だった。
そして1983年4月18日に今の本堂に全面改築されたのである。本堂本尊は弥勒菩薩木像その胎内に慶安ごろ(1648〜52)の修理銘鎌倉時代末?の作。釈迦涅槃画像(絹本着色伝湛海筆)がある。
 寺としての規模は小さいが歴史から見て面白く他にも佛像が多くまつられ、境内の無縁佛の中に「石佛」阿弥陀如来を彫ったものがあり永禄十年(1567年 安土桃山時代)十一月二十四日と記されている。

〜弥勒寺 資料より〜


歳時記
4月 18日 観音会式
8月 20日 千燈供養(19:00〜)


情報
住所 御所市東佐味537
TEL 0745-66-1184
駐車場
トイレ
HP

アクセス