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金剛山登山道「郵便道(高天道)」
崩落のため通行止め

(平成25年9月25日付)
平成27年11月現在、通行止め継続中
 高天彦神社から登る金剛山登山道「郵便道」が、平成25年9月15〜16日の台風18号の豪雨により数カ所で大崩落し、通行できません。
 被害は甚大で、すぐの復旧は困難です。
 南側の「伏見道」を通行してください。
高天の滝付近地すべり。道のあったところです。
金剛山情報


金剛山って?

金剛山
夫婦杉
葛木神社
牛王
金剛山(こんごうさん、こんごうざん)は、標高 1,125 m
古来、葛城山または高天山(たかまやま)とも呼ばれていました。
 
 日本書紀神武天皇の巻に、葛の網をきせて土賊を掩い殺した・・・
云々に由来しています。更に時代が移り、天智天皇4年(今から約1300年前)役の小角(えんのおづぬ)16才の時(後の山岳宗教の開祖役の行者、又は 神変大菩薩と称される)、この山に登られ霊気を感得、長い修行の後、頂上に法起菩薩を御本尊とする金剛山転法輪寺を建立され、ご自身の祖神、一言主神(ひとことぬしのかみ)を祀る葛木神社を鎮守としておわせ祀られ神仏混淆の霊峰とされました。

 以後真言密教の霊場として信仰を集め転法輪寺のお寺の山号である『金剛山』が略称の様に使われ葛城山脈中の最高峰を指す名称に
なったとも言われています。

更に後醍醐天皇(今から約670年前)に移ると、大楠公が金剛山 転法輪寺の山伏勢力を利用し、わずか500の兵で知略を使った結果、関東5万の大群を寄せ付けなかった、千早城の要塞としても関わりの深いものがあったと言われています。

 明治元年には神仏分離の憂き目に遭い廃寺となっていましたが、昭
和37年、浄財を募り、多数の方々のご協力により、見事に復興することが出来ました。

時代は移り変わりましたが、神仏習合の曼茶の霊場として蘇り老若男女、心身練成の山として遍く輪を転じております。

(史跡金剛山パンフより)
福石
転法輪寺
宝剣塔
国見城跡


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